●ティージー株式会社物語 vol.1●ティージー創業前夜 1914〜1945年

今から70年以上前、昭和21年(1946年)に街の小さなガラス屋さんとしてスタートしたティージー株式会社。
この春、社員の1人が勤続50年を迎えました。
地域の方々に支えられ、昭和〜平成そして令和へと3つの時代を生き抜いてきたティージー株式会社の歴史を通じて、令和の時代へとつながる“何か”を探してみたい。そんな思いから、創業者・高橋貢の自伝をもとに『ティージー株式会社物語』を数回に分けてご紹介してみたいと思います。

 
 

vol.1 創業前夜(1914年〜1945年)
 
 

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ティージー株式会社の前身となる高橋硝子店の創業者・高橋貢(以下、貢)は、大正3年(1914年)、田原市野田町(当時の渥美郡野田村)に生まれました。
4人兄妹の3男として生まれた貢は15歳の頃、豊橋にある金物や板硝子の卸問屋を営む「岩田屋」で働き始めます。
 

ところが時代は、日本が第二次世界大戦へと戦争への道を歩み始めた時代。
貢も海軍に入隊し、昭和10年には広島県の呉海軍航空隊員に入隊。太平洋戦争では連合艦隊の機動部隊に所属し、たくさんの海戦に参加することとなりました。
 

広島・長崎に原爆が投下された昭和20年には、貢は鳥取県にある航空隊に所属していたそうですが、終戦とともに地元である愛知に帰郷。
当時の様子をこう残しています。
 

「豊橋の駅に降りた時、焼け野原の豊橋の姿を見て涙が出た。なんとか故郷にたどり着き、妻子に会え、感激し嬉し涙が出た。」
 
 
ティージー株式会社(高橋硝子店)の歴史は、軍人として終戦を迎えた先々代の貢が、地元に帰ったところから始まります。

 
創業者の時代から働いてくれている職人さんもいるくらい、社員一人ひとりが家族のような存在となっているティージー株式会社。
その歴史を改めて振り返ってみると、私たち自身のルーツも見えてくるような気がします。

 
ティージー株式会社物語は次回へと続きます。どうぞお楽しみに!